うつ病がきっかけで退職したの30代後半の女性が、社会復帰するまでの約1年間で作成した33枚のコラージュ療法の作品から、特にインパクトの強い22作品を心理学的な観点を交えながら紹介します。
紹介するコラージュのほとんどが、職場復帰支援施設で作成されたものです。コラージュを作ったクライアントの方(以下Aさん)が中心となって、その施設にきていた他の7~8人のメンバーと定期的に作成されています。
それぞれのコラージュを作った後は、特に心理カウンセラーと会話はしていません。
このAさんは、当時通っていた病院の医師に対して、「寛解(かんかい・全治とはいかないが症状を穏やかにすること)したいので、減薬のプランを立てて下さい」と積極的に働きかけておられます。
コラージュ療法や、分析の観点となるユング心理学についても、誰に教わるわけでもなくご自身で本を読まれて勉強されています。
コラージュを作成して数年がたち、うつが再発することもなくそろそろコラージュを手放してもいいかなと思われた時期に頂いた作品です。うつ病で退職され、復帰されるまでの1年間を33枚のコラージュを通して振り返りながらお話して頂きました。
コラージュの変化は心の変化でもあります。どんな心の変化があったのかを解説します。※掲載の許可を頂いております。
コラージュ療法とは
気になった雑誌・パンフレットなどの切り抜きを集めて、それを1枚の用紙(A3またはB4が適切)に貼り付けて1つの作品を創ることです。その作品を通して自分自身の内面を見つめていくことで、自分自身が本当に感じていることや、どうしていきたいかを見つけていくことが出来ます。
コラージュ1作目
「伸びている植物」が印象的です。非常にていねいに、繊細に植物を切り抜いておられます。
その植物を手であやとりのように紡いでいます。植物のように心を伸ばしたいという思いと、このコラージュの手からは、自分で自分を支える、マネジメントしていくという力強い思いが感じられます。
左端の女性は厚めの着物を着て、その上から紺色の模様を重ねて貼り付けておられます。厚いものに守られているイメージを受けます。もしくは守られたい気持ちがあったのかもしれません。
このコラージュの印象的なところとして、中央が手で破かれた用紙をほぼ重ねずに貼り付けておられます。調度ページの分かれ目だったので2つを合わせるしかなかったのだと思いますが、他の場所のように1つのものに見えるように重ねておられず、1度別れたものがまた合わさったように貼り付けられています。再生させるんだという強い意志が感じられます。
中央の女性はお腹が大きく、妊娠してます。新しい何かが生み出されそう。
右下部分のドクロと貝殻も印象的です。右下部分には家庭・家族のイメージが現れることが多いです。ドクロからは、死=今までの関係性を変えていくという思いが感じられます。
2作目~5作目 心を深く見つめる
2作目は1作目と較べて打って変わって、細やかな切り抜きは無くなっています。支えるイメージの手はこちらでも見えます。
犬も女性も、手も左向きです。コラージュでの左向きは、自分自身の内面を見つめようとしていることの現れでもあります。左の女性は今にも海に飛び込みそう。海はユング心理学的には、無意識の象徴です。
心を見つめることは苦しさと向き合う事もあり、いつでも出来るものではないんですね。このコラージュからは、自分自身の心と向き合う準備万端な様子が感じられます。
全体的にモノクロが基調です。モノクロで貼り付けられている人は、すべて元はカラーだったものをコピー機を使って敢えてモノクロにされています。横になっている人と踊っている人がいるのが印象的。
中央の、地獄のような暗闇から手が出て剣や杖を掴みとっている部分、非常に力強いです。
左上の女性は、奥にある無数の棺を見つめています。中央のヒマラヤのような山からは雪崩も発生してます。
モノクロの世界の中のダンサーもおもしろい存在ですが、右上のシャチが印象的です。シャチで柱が隠れないように、あえてシャチを2つに切り抜いて柱とシャチが統合しているように作られています。
コラージュのような周りに侵されない、しっかりとした新しい柱を心に創る意志の強さが感じられます。次の5作目では、さらにそれが顕著に現れています。
中央の海の中にある神殿ですが、神殿の柱は非常にていねいに切り抜かれ、それを下地の海の上に貼り付けられています。
その丁寧さと比較して、右上の老人はアバウトな感じで切り抜かれています。
1作目はすべてが丁寧だったのですが、5作目は大事なところは丁寧、ほかは少しアバウトという変化が出てきてます。実生活でも丁寧にやるところと、アバウトにやるところを使い分けられていたのかもしれません。
9~14作目 さらに深く見つめる
9作目は攻撃的なものが多く貼り付けられています。右上には弓矢や剣を持った人、下のほうには銃や戦車など。
ちょうどこのコラージュを作った時期に、職場復帰支援施設にいた臨床心理士さんが入れ替わりになったんですね。そこの臨床心理士さんは主に見守ってくれる感じで、会話を多くすることもなかったのですが、新しく入ってきた人は利用者さんを傷つけるような関わりが多かった。いない方がよかったのでその人を追い出す対策をされています。
その攻撃性がコラージュにも現れています。コラージュからはAさんの中の「撃ち殺したい」という強い思いを、抑えるでもなく、感情のままに撒き散らすでもなく、ご自身でしっかりと受け止めておられると感じます。
うつの人は我慢することが多く、そのうち自分自身が本当はどう感じているか?がわからなくなってきます。自分の本心を自覚することと、それを適切に表現していくことは大切なテーマです。
10作目はこれまでと大きく違い、賑やかです。特に「人」が多く出てきてます。過去に海外で3年間ほど働いて充実していた時のことを思い出し、作成。
右端の手で破かれた切り抜きのぬいぐるみ、左下の大きな穴の空いた木、フラスコの中にある葉っぱのイメージなどは、Aさんの中の何らかのマイナスの感情が現れていたのかもしれません。
11作目には「ペルソナ」というタイトルがつけられています。ペルソナはユング心理学では「仮面」や「社会性」を意味します。平たくお伝えすると、「職場にいる時の自分」や「友人といる時の自分」など、その時々の自分自身の使い分けです。ペルソナはつけることも、外すことも大切なんですね。
コラージュの登場人物は、仮面を被っていたり、頭に羽飾りをつけていたり、ブーツを履いていたりすべて何らかのペルソナをつけてます。
特に印象的なのは、中央の寝ている女性です。とてもきつい目つきですが、羽飾りでそれが和らげられています。攻撃的な本心を、羽飾りを付けて相手に受け取れるように現しておられたのではないでしょうか。
この11作目は1作目を作ってから約3ヶ月後に作成されています。
13作目はタイトルが「Three years in future」。3年後の未来ですね。全体的にリラックスした印象を受けます。Aさんにお話をお伺いした時点で、このコラージュを作成してから3年以上過ぎていたので、結果を聞くと「すべてこのコラージュのことは叶えられました」と。コラージュ療法は、なりたい自分を明確にする時にも有効です。
14作目は特に右下の草が鋭利に、丁寧に切り抜かれています。コラージュでは右下はその人の家族や家庭のイメージが現れることが多いです。その右下にセピア色の少年、穴の空いた切り抜き、トゲトゲしい草があります。そしてさらにその上からは逃れることが出来ない大きな波が覆いかぶさってきています。
そんな環境の中にも、中央下には落ち着いて座っている男性もいます。悲しさや苦しさを受け入れているのと同時に、男性のような周りの環境に左右されない強さも現れています。
18、19作目 核心部 フタを開ける
18作目はタイトルがフタを開ける。まず台紙が大きいです。A3用紙にさらに1/3ほどの大きさのA3用紙を加えて貼り付けています。
あえてモノクロコピーにした井戸、右上の子宮のイメージやその下の小さな生命のイメージなどAさんの中のマイナスの感情が現れていますが、全体的に清玄とした美しさも感じます。
このコラージュの左上にはペルソナを利用した仕掛けがしてあります。用紙がめくれるようになっているんですね。
フタを開けさせて頂きます。
月が欠けるまで、悲鳴が止まらない。
こういった心の底にあるマイナスの感情を見つめていくことは、実はすごく心の体力を使うことなんですね。いつでも出来ることではありません。それを受け止める心の体力がある事と、新しい価値観や生き方を作っていきたいという強い思いが合わさった時が出せる時です。
19作目 共依存
19作目は全作品の中で一番大きいです。A3用紙2枚分。
Aさんはこのコラージュを作成した後、「自分自身と母は共依存の関係だったことに気付いた。」とコメントされてます。共依存はお互いがお互いを頼りにし、かつお互いの成長を妨げるだけでなく、苦しい関係です。※詳細は、共依存の仕組みと劇的に克服する3つの方法の記事をご参照下さい。
実はこのコラージュは、今までの枠を1つ突破されているんですね。どこでそれが現れているかというと、コラージュ自体の枠です。カウンセラーの方はお気付きかもしれませんが、これまでのコラージュは、ほぼすべて台紙の縁に白枠が出来るように作成されてます。
カウンセリングにおける「枠」の意味
芸術療法(アートセラピー)ではこの枠は非常に大切に扱います。箱庭療法のグッズでも枠を現す柵は重要です。というのも枠は、自分自身の思いを外にまだ出したくない、何かに守られていたい、もしくは自己表現があまり得意でない時によく現れるんですね。私自身カウンセリングを学んでいる時に縁取りの強い絵を書くことが多かったのですが、現すとそれだけで気持ちがスッキリします。心理学的には絵の場合の強い縁取りは、枠を意味します。
Aさんの場合は、切り抜きで枠を作っているのではなく、台紙を利用して白枠を作っておられます。ここから、地のもの(社会)を利用し、自分自身を適切に守りながら表現していくことを模索しておられたのではと思います。
19作目の左上の2人の女性の大きな切り抜きは、今までずっと作ってきた白枠を突破しています。ここからも共依存を抜けていく意思が現れています。
中央のバラの上下には、下の文字があえて横向きです。
降伏と幸福、同んなじ言葉を気に入っていたい。[My sweet surrender(甘い降伏)]
何だか揺らされてるんです、ココロの奥が。
20~27作目 心を整え、統合する
20作目のタイトルは「mandala」。曼荼羅は英語でも「mandala」です。曼荼羅はカウンセリングでは統合(納得の行くゴールを見つけること)付近でよく現れたり、心を整えようとする時によく現れます。かのユングも一時期曼荼羅の絵を描きまくっています。
コラージュの右にある巣の中の卵は新しい何かの誕生を、ツボから出てきたような鶏は開放感を感じます。
21作目のタイトルは「Individual」。日本語では「独特の」や「個性を発揮した」という意味です。今までとは打って変わって、父性的なものが全面に出てます。
心の中に女性的な包容力・守る・生み出す力と、男性的な導く力を両方育んでいくことは、心のバランスを育てていく上でとても重要です。
22作目の時にはアルバイトを開始されています。Aさんいわく「久しぶりのバイトでとにかく色々と大変だったことを現しました」と。スペースなく貼り付け重ねておられるところから、余裕など持てず頑張っていたことが伝わってきます。
この作品では特に「枠」が目立ちます。右上付近にある肖像画の枠、左半分にはモニターの枠。社会の中で求められる「こうしなければならない」という枠の息苦しさが感じられます。そんな中でも下の方にあるクジラは、PCモニターの枠を飛び出しています。
中央のホワイトタイガーと、曼荼羅を意味するふぐ料理も印象的。白は心理学的には崇高さ(白蛇や白馬も崇高なものとして扱われる)、純粋さを現します。環境が大変でも、枠を求められても、自分自身をきっちりと守るホワイトタイガーのような力強さが伝わってきます。
25作目は22作目と打って変わって「静」のイメージです。22作目から約1ヶ月後に作成。
特に印象的なのは上部の「口」です。Aさんは口のブローチも持っておられたんですね。口は心理学的にはどう言われているかわからない・評価が気になる時、逆にどう伝えるべきかがテーマの時、貪欲に心の栄養分を取り入れたい!という時などに現れます。そんな思いを持ちつつも、心の中に強い穏やかさを築いておられる様子も感じられます。
26作目はダークなイメージ。黒の下地は、コピー機を使って作られています。右にはチェーンソーがありますが、これは以前の職場でのことと関連しています。
海外で3年間ほど働き、帰国してそのことを活かそうとしても、チェーンソーを持つ保守的な職人さんとのやりとりの中での苦しい思い。中央には自分の本心を出せず、像のようなペルソナをつけつつもぴっちりとした服が束縛・締め付けている苦しさが伝わってきます。
Aさんの場合、こういったマイナスの感情がコラージュに出た後は、転換していっています。
27作目は表裏両面で作成。
An excellent preparing to find the way is to clear all about yourself.
(道を見つけるためにふさわしい準備は、あなた自身を明確にすることである。)
30~33作目 積み重ね・糧にする
30作目は飛躍のイメージ。特に重ね物が印象的です。
中央には4重で切り抜きを使用。
上部の石は積み重ねられた造形物です。
今までの体験を否定するのではなく、その体験があったからこその積み重ねで飛躍していることが感じられます。
31作目では女性的な面が思い切りよくしなやかに。
ラスト1つ手前の32作目では主に男性的、シンプルで落ち着いた感じです。右上の子供付近を拡大すると、そこに書かれている文字は・・。
「空を飛んでも大丈夫?」
大丈夫!
ちなみに心理学的には「空を飛ぶこと」は今までと違う次元に行くような新しい何かを身に付けることを意味します。赤子の時期には「高い高い」を親がしますが、この時期に言葉を覚えることは、言葉を使えない今までとは違う次元の世界に行くイメージでもあります。
次でいよいよラストの完結。33作目です。
中央には男性と女性がワープするようなイメージの切り抜き。その下には赤字で「Transformation」(変化) の文字が丁寧に切り抜かれています。
上部には全体の調和を取るようなシャンデリアが、その右には全体を俯瞰できる人工衛星が貼り付けられています。
中央部には「生きることは変わること」の文字。堂々の完結ですね。
ここまで第1作目からは1年4ヶ月が経過。その後、正社員として復職されています。
コラージュ療法のメリット4つ
Aさんの作品から、コラージュ療法の特徴的なメリットを4つ紹介します。
表現しやすい
Aさんの作品では、ご自身の中のマイナスの感情やダークな面も思い切り表現されています。しかもそれを表現されながら、その作品から美しさも感じられます。
苦しさを出すと、崩れ落ちるかもしれないという思いがある時に、コラージュはそれを払拭して表現してくれます。表現することでその思いも浄化されていきます。
18作目「フタを開ける」では、「月が欠けるまで、悲鳴が止まらない。」という文字が隠されています。簡単に言葉に出来るようなフレーズではありませんが、雑誌の中の同じような思いの切り抜きから、それを貼り付けるほうが表現しやすいんですね。
カッコ良いものが作りやすい→自己肯定感に繋がる
ここがコラージュの一番の特徴ですね。絵画療法や箱庭療法ではいわゆるカッコ良い・綺麗なものは作りにくいです。コラージュ療法だとプロが取った写真から気になったものを集めて独自の世界を作ることで、非常に満足のいく作品を作れます。そういう作品が作れた・現せたという自己肯定感に繋がります。
Aさんのコラージュは、ご自身の心を思うがまま、感じるがまま自由に表現しつつ、独自性の強い作品が多くアートそのものです。
楽しみながら出来る
Aさんに「33枚のコラージュを振り返ってみていかがですか?」と聞くと、こうおっしゃられています。
コラージュをやってみると実感出来るのですが、作っていくうちに楽しくなってきます。
保存出来る
コラージュは箱庭療法と違い、保管が可能です。後からそれを振り返ることで改めてどんな風に心が変化してきたかを実感出来ます。
まとめ
Aさんの場合、独自にコラージュ療法やユング心理学を勉強され、コラージュを作成されることでうつから回復されています。これはAさんが回復するという強い思いを持ち、真摯にご自身の内面を見つめ続けてこられたからこそです。
終盤のほうでは、映画や美術館に行った時に気になったパンフレットを持ち帰ってコラージュを作成されています。日常の中で楽しみながら心を深く見つめておられたことがうかがえます。
こういった方法でうつを回復することが出来るんだという1つのケースとして、勇気付けになれば幸いです。